2005年12月05日

С.А.Есенин

近頃流行っていた、ロシア詩人エセーニンを題材にしたTVドラマ。
DVDで全編まとめて出たので買ってみたのですが、はまってしまいました。
すでに2回目鑑賞中。

エセーニン(セルゲイ・アレクサンドロビッチ・エセーニン)は、ロシア革命前後の詩人。
(わたしのイメージでは、本で見る、童顔の青年、だったのですが)
農村の出身で、革命前の作品は、農村の暮らしや自然を詠ったものが多く、農民に絶大な支持を得ていました。当初は社会主義に夢を持っていたにも関わらず、現実との差に苦しみ、酒におぼれ、精神を患いながらも故郷ロシアを想い続けた詩人です。

彼が有名な理由には、その詩の魅力だけではなく、30歳という若さで1925年に自殺死したという結末もあります。またかなり長い間、その作品は発禁となっていました。

実はその自殺が、本当は他殺ではなかったのか、というのがこのドラマの始まりで、1985年(ゴルバチョフが書記長に就任して、ペレストロイカが始まる頃)、ある警察の大佐の下に1枚の写真(エセーニンの死体)が届く所から、大検証が繰り広げられます。



原作者が大佐本人なのですが、彼は最後に他殺説を確信した時点で死んでしまいます。
ドラマでは、1910〜20年代のエセーニンの生き様と1985年の検証話が交互に出てくるのですが、その検証が余りにも数多く詳細で、本当に彼は殺されたのではないか、と思わずにはいられません。

実際エセーニンの死に関する資料は、今でもKGB(ФСБ)資料室で門外不出になっているそうです。
また彼の死後、彼が死んだ日最後にホテルで会っていた友人をはじめ、関係する人々(前妻、詩人仲間、死の検証に関わった人の一部)は、10年の間にみな殺害されるなど、謎が多いです。

この時期の作家や詩人、芸術家はみな、国の政策に翻弄された人生を送っています。
彼らの作品やその民衆に対する人気を、政治的に利用しようと望む人が多かったからです。
エセーニンも、レーニン時代のトロツキーの庇護にあり、その挙動が問題で捕まる度に保釈してもらったり、一度は海外に送り出されたり、との恩恵を受けていたのです。
しかしエセーニンは、レーニン、トロツキーの主義に追従できず、彼らを敵に回すことになりました。

ソビエト時代の様々な出来事が、今になって再検証されるという話がよくありますが、このエセーニンの話もまた、その当時の時代背景をよく反映していて興味深いです。

ちなみに、これは彼が最期に血で書いたと言われる詩。

 До свиданья, друг мой, до свиданья.
 Милый мой, ты у меня в груди.
 Предназначенное расставанье
 Обещает встречу впереди.

 До свиданья, друг мой, без руки, без слова,
 Не грусти и не печаль бровей,-
 В этой жизни умирать не ново,
 Но и жить, конечно, не новей

 さようなら 友よ さようなら
 なつかしい友 きみを忘れない
 定められた別れの時
 それが ぼくらの再会を約束している
 さようなら 友よ 手もにぎらず 言葉もかわさないけれど
 哀しまないでくれ 眉もひそめないでほしい
 この世で死ぬなど ことあたらしくはない
 けれど生きることも むろん ことあたらしくはないはずだ

 岡林茱萸訳



posted by もみ at 04:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ〜!
このドラマ、やっぱりロシア語での放送ですよね?
こういう歴史上の謎めいたお話って、興味深いんですよね。
是非見てみたいものだけど、ロシア語じゃ無理…。
Posted by e_dina at 2005年12月09日 03:06
e_dinaさん、こんばんわ〜!
面白いんですよーこれがまた。
ドキュメンタリー物も多いのですが、こういう「実はこうでした!」物は、興味をそそります。

でもそう。。。ロシア語なのでした。
そこら辺のヘンテコな番組やるよりは、ずーっと面白いし長く楽しめるのになぁ。と思います。
Posted by もみ at 2005年12月22日 04:32
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